ソフトウェアエンジニアとしてのトヨタという選択

Shintaro Shiba
14 min readApr 20, 2019
筆者撮影、2019春

先日、他社からのオファーを断った。非常にエキサイティングな海外の会社(勤務地も海外)だったのだけれども、その決断に際して3週間くらいうじうじと迷っていた。

この記事は、入社エントリでも退社エントリでも年収エントリでもない。少し変わった選択をした26歳のソフトウェアエンジニアが、会社をどう選んでいくのかに関して自分なりに整理した。ついでに、まだあまり情報がないTRI-ADという会社についても少し触れる。

20代でキャリアに関して悩むことは多い。大学院か就職か、どの国・地域でどんな人々と働きたいのか、そもそも何がしたいのか。そんななかで、なぜトヨタを選択したのか、会社の選択とリスクってなんなのか、TRI-ADや自動運転が抱える挑戦はなんなのか、という順に話を構成する。キャリアについて悩む人や、TRI-ADに興味がある人の何かの助けになると嬉しく思う。

注意

  • 会社の見解ではないこと
  • 不正確な部分もありうること
  • トヨタ自動車とTRI-ADは異なる会社であること
  • ちなみに年収の具体的な金額は出てこない ;p

何をしている人なのか?

修士取得後の2017年4月にトヨタ自動車に就職して、現在TRI-AD(Toyota Research Institute-Advanced Development)という自動運転のソフトウェア会社に所属している。最初のトヨタの配属では自動運転車のHMIのプロトタイピングや実験をしながら、認識のアルゴリズムまでガリガリ書いていたのだが、そのあとTRI-ADに異動し、現在はデータや機械学習に関わる様々なプラットフォームやサービスの構築をするチームで働いている。

なぜトヨタだったのか?

ソフトウェアエンジニア、またはそれを志望する学生は、「トヨタ」と聞いてどういう印象を持つだろうか。多くの情報系の学生、特にインターンを積極的にやるような学生コミュニティの間では、ほとんど存在感も選択肢もないと思う。自分の就職にあたっては、信頼している友人や知人に色々と相談していたが、最終的には直感でえいやと決めた。他に選択肢がないわけではなかった中で、なぜ最初のキャリアがトヨタだったのかには、いくつか理由がある。

仕事内容

まず大きな理由は、(当たり前だが)自動運転が面白そうだったからだ。機械学習は、環境にも人材にもお金がかかる。ロジスティック回帰でも十分売上に貢献できるという話もちらほらあるように、最新の研究成果が、コストに見合いながら活用される製品は、それほど多くないと思っている(知らないだけかもしれない)。特に車が好きだったわけではないが、自動運転は機械学習だけでない様々な分野の研究と開発の距離が近いし、実現できたら社会的なインパクトもあると思うし、自分も使いたかった。

その会社でプロダクト(車)をつくっていることも理由のひとつだ。サービスやプロダクトの存在理由や本質的な価値から考えて作り込みたいタイプの人間なので、プロダクトを持っていること、エンドユーザーとの接点があることも大切だと思っている。

それから、一応グローバルだ、ということもある。ここで作ることができたシステムは全世界に出ていく(2018年の年間生産台数は1056万台だ)。海外勤務制度も整っている。

研修

自分にとっては、研修の存在は世間で言われているほど大きなマイナスにはならなかった。

今は良い意味で制度が変わって、必ずしも全員ではないのだが(もちろんTRI-ADにもない)、2年前は新入社員のほとんど全員に営業と工場の研修があった。ちなみに研修全体としては、これに加えて有名な問題解決に関するプログラム等もある。

人によって好みが分かれることは承知だけれども、自分としては営業や工場の研修は受けてみたかったし、受けてよかったと今でも思っている。人生短く見積もって60年のうち、世界一車を売っている、日本一時価総額の大きな会社で、2ヶ月の営業と、その後3ヶ月の工場の経験は面白かった。残念ながら車は売れなかったが。

それから、数ヶ月離れてしまったくらいで本当にキャッチアップできなくなる分野であれば、そこで戦い続けたくはない。病気をするかもしれないし、子育てをすることもある。振り返ってみれば、研修中は残業もないので、教科書や論文の読み会をやったり競技プログラミングに手を出してみたりする良いきっかけにもなった。

誤解しないで欲しいのだが、この会社の全ての研修が良い、と言うつもりは全くない。上の2つに関しても100%肯定するつもりはないし、無意味だと感じた研修には批判とプロポーザルを書いたこともある。自動運転は会社間競争の側面があるので、やってみたいことに優先順位をつけて、時間との兼ね合いから判断しないと負ける。

給料

書くと怒られそうだが、大学や大学院卒に限定すれば、トヨタの給料は実はそんなに悪くない。具体的には自分で調べてみて欲しいが、2018年度の売上29兆円(世界6位)で営業利益が2.4兆円の会社の給料があまりよくないとすると、夢がなさすぎるという以前におかしい。

ただ、流石に新卒1年目で外資系ITとそのまま勝負できるわけではないので、今すぐ高い給料が欲しければトヨタという選択肢はありえない。

人に関しては半々だった。悪い面から言えば、正直、この会社で終身雇用されるつもりの多くの同期とは価値観が合わなかった。多くの生え抜きの社員はソフトウェアが得意ではない。トヨタの文化を無思慮で押し付けようとする上司は嫌いだし、反面教師もいる。包み隠さず言えば、怒りや憤りを感じる時もあった。

しかも恐ろしいのは、少しずつ自分もその価値観の中に取り込まれていきかねない、ということだ。しっかりしていないともう出てこられなくなってしまうくらい、ある意味快適なのだ。これが、進路相談してきてくれる後輩などにトヨタを簡単にはオススメできない理由でもあった。

一方で、自分と同じような価値観の人とはとても仲良くなれた。仲良い同期もできたし、違う部署でも、良心と熱意で踏ん張っている優秀な人と仲良くなれた。博士率が8割くらい、中途入社率が9割近くあったチームでは、配属初日に「ここを普通だと思うな」と(いい意味で)言われながら、凄まじく優秀な先輩に色々と教えてもらった。

自分が素敵だと思える働き方の一つの形が見えたと思っている。そういう人たちの生き様は尊敬しているし、これからも一緒に働いたり、関わっていたいと思う。

文化

文化、これがもっとも僕のエモーショナルな決断を後押ししたところだ。

どの会社もそうだと思うが、トヨタにはトヨタならではの特殊な会社文化がある。リクルートやGoogleのような大企業でも、社員3人のスタートアップでも同じだろう。

トヨタの文化は、大雑把にはいわゆる「ものづくり」の文化を思い浮かべてもらえばよい。詳しくは説明しないが、リーンな開発、改善、などの現代ソフトウェア開発の基盤となっているのも有名だ。実は、ソフトウェアのアジャイルやスクラムなどの考え方と、トヨタの文化のいくつかには本質的な類似がみられ、根底に親和性がある。

しかし、全ての従業員がその本質に着目しながら、その文化を柔軟に運用できるとは限らない。だからかもしれないが、入社時点でも今も、日々触れるようなトヨタの文化とは全然肌が合わなかった。

それにも関わらず僕が入社をきめたのは、その中に「変化という逆境に前向きな文化」があったように見えたからだ。変化は辛い。別にあと10年で退職する人たちにとって、自動運転なんて必死でやらなくても安泰かもしれない。でもトヨタの良いところは、最終的には利己的行動よりも(全体を主体とした)ファクトに基づく論理や判断が優先し、なんだかんだ言いながらストイックにそれを個々人が実行していくところだと思った。あっさり書いているが、これは並大抵の組織でできることではないと思う。変化を許容できるかどうかは、ベンチャーか大企業かはそんなに関係がない。

採用に際して異質な人々を飲み込もうとしているところも、TRI-ADのような新しい会社を作っているところも、変化に対する危機感から生じている。例えば僕の未踏での副業を許してくれたのも、GAFAのどれかに入っていたら(入れていたかは別問題)なかっただろう。未踏への参加にあたっては、自分の上司以外にも、人事、法務、知財部署が全面的に後押ししてくれた。

すでに綺麗に出来上がっている仕組みの上でやるよりも、模索しながら仕組みを作り、会社を変化させることにコミットしてみたかった。そういうフェーズでしかできないことや、そういうフェーズにしかない組織の柔軟さがある。技術的な難しさも含めて、自分にとってのチャレンジはここである。あまり論理的でない部分もあるけれど、そういう感じで入社して、まだ辞めていない。

リスクと安定

チャレンジという言葉がでたが、結局、自分を含め今の若い人にとってのリスクと安定ってなんなのだろう、と最近ずっと考えている。

特に最近は多くの人が年収の話をしている。確かにお金は大事だ。例えばTRI-ADには上述した研修はないし、トヨタと給与形態も異なるのでお金を稼ぐことはまあできる。しかし一方で、お金がほしい、という気持ちは将来のリスクを回避するための手段に過ぎない。

ひと昔前は景気がよくて、将来の経済成長の見込みがあったので、年功序列でもハッピーだった。楽観があった。でも僕を含め今の若者は、日本市場のマスとしての縮退や、科学技術政策や社会福祉制度に対する不信の中で、むしろスキル、実績、現在の年収という目に見える形でキャリアを安定させたいという感覚がある。

でも、僕自身は目先の年収から自由になりたいと思っている。意思決定の前提に、どのくらいの時間の見積もりがあるのかを意識することが必要だ。

中で働いたことはないし、隣の芝が青い部分もあるかもしれないけれども、GAFAは素晴らしい会社だと思う。自分がもし働いたら楽しいと思うし、働いてみたいとも思う。働けば給料も良いし、たとえその会社という意味でなくても、その後の転職にもしばらく困らないだろう。

一方で、トヨタというと「安定」というイメージを持たれることがあまりにも多いが、僕にとってはその真逆である。今TRI-ADで起きていることはほとんどベンチャーだ。トヨタに入ることは、IT人材市場での価値を失うかもしれないリスクがあった。研修中は一日ずつ自分の市場価値が落ちている恐怖から毎晩必死に勉強した。この恐怖を一緒に経験して分かち合ってくれる友達はゼロだった。安定というイメージをもたれることは嫌だった。

挑戦と寛容

どんな挑戦も、失敗の可能性を孕んでいる。キャリアでの挑戦は、会社内でプロジェクトを立ち上げるといった挑戦と違い、セーフティネットが少ない。自分のソフトウェアエンジニアとしての市場価値が落ちたって転職時にトヨタが何かをしてくれることはない。自分の身に振りかかってみると、失敗に対して寛容になろうなどと言うは易し行うは難し。

でもそれって結局、自分で起業する人も、博士課程にいく人もみんな背負っていることだ。だからこそ、もっとみんなそういう意味での挑戦や失敗に寛容になれば良いのにな、と少し思う。無意識に将来への悲観が横たわっているのは窮屈だ。

もし万が一優秀な若者がリスクを避けて名前で会社を選ぶという側面があるのなら、昔の商社人気と本質的には変わらない。

別にGAFAに何か言おうなんてつもりはない。GAFAよりこっちの方がいいと言うつもりも特にない。素晴らしく尊敬する友達も多く働いているし、何より世の中に多大な価値を届けているからこそ従業員に還元できる。製品発表もワクワクさせられる。結局あるのは、それぞれがやりたいことと一致していればハッピーという事実だけだ。

TRI-AD

2年前にとったリスクが少し報われるかもという兆しがわずかにあって、TRI-ADがもっと面白くなればいいな、と思ってこの記事を書いた。ここまで内省的すぎたので、最後はTRI-ADの面白さは何か、で締めよう。

自動運転

個人的には(心から念を押しておきたいが会社の見解ではない)、自動運転の本質的なチャレンジは、これが解ける問題なのかまだ誰もわかっていないということである。そういう意味で、月面着陸や火星探査プロジェクトの話を読むのが好きだ。ただそれらと違うのは、人間にはある程度解けているということだけだ。この比較はとても面白いのだが、詳しくは飲み会に譲りたい。

ビジネスとしてどう成立させるのかということも、社会的にどう定着させていくのかという難しさもある。

かつて Clean energy bubbleというのがあった。社会的意義が盛んに叫ばれ膨らんだ45億ドル近いソーラーパネル関連事業や会社への投資は、2011年頃に弾け、多くの会社が倒産した。自動運転にもいくつか類似点は見られる。そうならないためには、優秀なメンバーと、技術的見識に長けた強いリーダーシップと、ビジョンが必要だ。

変化

もう一つは、何度か出てきているが、この一つの巨大な会社が変化しようとしているところである。TRI-ADにきて、優秀なソフトウェアエンジニアが少しずつ増えてきている。働く環境はトヨタからは圧倒的に変化し、もちろんPC含めツールに関して不満を持ったことはパッと思いつく限りない。オフィスも日本橋だし営業や工場の研修もないし人事制度もトヨタとは違う。

FANGから人がきていて、自分のチームは外国人も多い(英語が必要)。幸いなことに、少し前に社内の自動運転部署内統一のコーディングチャレンジで1位を取ってから(安心してほしい、今はもう多分取れないだろう)、自分の裁量や権限が広がって、ただのエンジニアの域を超えて色々できるようになってきた。自分のチームでインターンも受け入れる。どんどん任せてくれたり、失敗を恐れるなとひたすら言ってくれる信頼できる上司もいる。

まあ、いいことばかりではない。文化や制度を作っていくことは、ハードの上にソフトを適切に融合させることと同じように、大切だが非常に難しい。コーディングができない人も依然としているし、大きな会社ゆえに動きが鈍いこともある。文化が擦り合わずに亀裂が生まれるかもしれない。みんな一生懸命なことは確かだけれども、はっきり言ってうまくいくかはまだまだ全然未知数だ。

でも、たとえばTRIのML LeadのAdrienは、先月開催したMachine Learning TokyoとのJoint Meetupで「CVPRやICLRに論文を通すだけじゃなくて、自分の論文が世界で最も多くの人の命を救ったと言いたい」と言っていた。クールじゃない?

ちなみにCVPR 2019のPlatinum Sponsorなので、もし興味があればTRIブースに立ち寄ってみるといいかもしれない。

まだまだあるが、これ以上は直接会社や僕に連絡を取ってくれたらお話ししよう。

おわりに

どうして今これを書いたのか。ずっと書こうと思っていたのだけれども、入社直後にこれを書くほど自分の選択に自信が持てなかった。悩みがある中でのリスキーな決断で、意気揚々とfacebookに卒業&就職投稿できなかった。

かつてどこかのベンチャーの社長が、「一つチャレンジをしようと思うとだいたい5年かかる。25歳から50歳までで5回挑戦できる」と言っていたのを思い出す。正直5年待てるかはまだわからないが、1年や2年じゃ本当に面白いことはできないというのは実感している。

オファーを断った会社からは、本音かお世辞か、その挑戦終わったらきてよ、と言ってもらっている。もう少しやってみて結果を見てみたい。

さて、トヨタを他人にお勧めできなかった、と書いたが、上のように、TRI-ADになって少しずつお勧めできる環境になってきている。僕自身のエンジニアとしての力量はまだまだ足りていないので、正直僕なんか比べ物にならないようなガチ強の方々に入ってきてほしい。年齢や経歴問わず、熱意ある方々も、エンジニアもPMもBizDevも人事もPRも、一緒に挑戦する人を募集しています。

Follow your gut, take risks, be authentic.

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